中国語で読むと意外と面白い日本人の姓

外国人の名前を日本語(カタカナ)にすると、たまに面白おかしく感じるものに出くわします。もちろんこの逆も然りで、日本人の姓名の発音が海外では変な意味に取られるケースもあります。

では、日本人の名前を中国語で読むとどうなるのでしょうか。

有名なものに「今井」さんを中国語読みすると「チンチン」となるネタがあります。毎年何気に第二外国語で中国語を選択した今井さんを絶望させるアレです。毎週毎週中国語の講義で「チンチン」呼ばわりされる今井さん。「今井」さんは中国語では「チンチン」となることを周知させないと、毎年この悲劇が繰り返されることになります。毎年3月から4月にかけて、Twitterなどで警報を出すようにすれば、少しはこの悲劇が減少するのでは、と思うのですが……。

今井さんネタは面白い(今井さんすみません)のですが、これはあくまで日本人の姓を中国語読みにして日本人がウケるネタですので、今回の主題からは外れてしまいます。話を戻しましょう。

中国人が奇妙に感じる姓

日本と中国は共に漢字を使用していますが、お互いの国の人名・地名は漢字をそのままそれぞれの国の発音で読みます。日本人から中国人の姓名を見た場合、男女の区別がつきにくかったり、日本語では目にしない漢字のために読み方がわからなかったりする以外にたいして違和感を感じることはないのですが、中国人の側から日本人の姓名を見ると、結構面白いお名前をお持ちの方が少なくないようです。

名前まで取り上げたら本当にきりがないので、ここでは姓に限定して話を進めたいと思います。

日本人が李さんや張さんのような中国人の大姓に馴染んでいるように、中国人も日本人の大姓はある程度馴染みがあるようです。田中さんは日中国交回復時の田中角栄が有名ですし、渡辺さんも“渡边夫人”(ミセス・ワタナベ)のお陰かそこそこ知名度があります。近年は日本のアニメに代表されるサブカルや日本文学が流行っていますし、日々テレビで流れてる抗日ドラマのお陰もあって、日本人の姓に接触する機会が増えています。

それでも、やはり奇妙に感じる姓はあるようで、例えば、佐々木さんなんかは変な響きになるようです。中国語では「々」は使わないので“佐佐木”と記述しますが、中国人的には“佐佐”と重なるのが不自然なようです。中国の場合は名前に同じ字を重ねて用いるのはアリなんですが。例えば有名女優の范冰冰がいい例ですね。そもそも中国では子供に幼名をつけて呼ぶのが普通で、その幼名は同じ字を二文字重ねたものにすることが多いのです。

中国語で読むと面白い姓いろいろ

日本人の姓は非常に多く、マイナーな姓の中には日本人から見ても面白いものが少なくありませんが、普通に見られる姓でも日本人の姓に慣れてない中国人がそのまま漢字で理解するとかなり面白いのです。 日本人の姓には「…内」「…中」「…上」といった方向を表す字を持つ姓が少なくありませんが、これらの姓を中国語で理解するとそのまま「…の中」「…の上」という意味になります。山内さんや山中さんは「山の中」、河(川)内(中)さんは「川の中」、竹内さんや竹中さんは「竹の中」、井上さんは「井戸の上」、水上さんは「水の上」になってしまいます。

「大…」「中…」「小…」も同じ原理です。大川さんは「大きな川」、中川さんは「中くらいの川」、小川さんは「小さな川」です。同じく大泉さんは「大きな泉」、中泉さんは「中くらいの泉」、小泉さんは「小さな泉」です。ちなみに小泉さんは小泉元首相のお陰で非常に有名な姓になってます。

「…山」系も上記の例に倣いますが、大山さんは“洋笑星”(外国人お笑いタレント)の老舗的存在であるカナダ人“大山”が、中山さんの場合は“孫中山”こと孫文が連想されることとなるでしょう。ただ、小山さんになると文字通り「小さい山」となり、スケールがずいぶんと小さくなってしまいます。

ちなみに“小”は李さんなら“小李”という形で親しみ込めた呼称にも使われます。よって、林さんと小林さんはいずれも林さんとなります。小黒さんも同じ原理ですが、中国では“黒”という姓はマイナーなので、中国語で“小黒”とかいうと色黒な人を指す渾名みたいに聞こえます。

“大”も“小”と同じような用法がありますが、これは同姓の人が二人いた場合に両者を区別するために用います。普通年上の方に“大”を付け、年下に“小”を付けて呼びます。

中国語にすると“V+O”のようなセンテンスになる名字もあります。有馬さんなんかはいい例です。文字通り「馬が有る」です。「有…さん」では有我さんなんか面白いですね。「わたしがいる」の意味になります。種田さんの場合は「種」が動詞になり、「耕作する」の意味になります。

上山さん、下山さん、入山さんもこのカテゴリに属します。中国語では“上山”は「山に登る」という意味です。“下山”は「下山」(げざん)、これは日本語でも同じ意味になりますね。“入山”は「山中に隠棲する」の意味で、宮仕えを辞めることを言います。日本語では読みが異なるので意識しませんが、中国語では同じ発音になります。

また、“V”がらみでは否定形になる苗字もあります。中国語の“不”は否定を表す副詞で、不破さんのように後が動詞になる姓は動詞の否定形になってしまうのです。

後が量詞や単位になるものもあります。三本さんは“本”が書籍を数える量詞となるので、三冊さんになります。四元さんは“元”が貨幣単位となるので、文字通り4元さんになります。最近のレートでは60円程度と、ちょっと安いのが玉に瑕です。

量詞といえば、日本人の姓は数字がらみのものも少なくないですね。一色さんはそのまま「一色(いっしょく)」の意味に、三代さんや八代さんはそのまま「三代」「八代」の意味になります。これは日本語の漢字で理解してもそのままですね。高見さんや浅見さんも中国語で見てみるとそのまま「高見」(こうけん)「浅見」(せんけん)の意味になります。高見さんはともかく、浅見さんとしてはあまりいい気分はしないでしょう。

中国語と日本語で語義が共通となる姓には清水さん、馬場さん、稲田さん、河口さん、中道さん、竹林さん、山地さん、新居さん、大門さん、朝日さん、四方さん、牛尾さん、西部さん、門前さん、本名さん、地主さん、白旗さんなどがあります。

日本語と同じく東西南北に“方”が付く語彙がありますので、東方さん、西方さん、南方さん、北方さんもそれぞれ日本語と同じ意味になります。ただ、中国語の“东方”は「東洋」、“西方”は「西洋」、“南方”は「中国南部」、“北方”は「中国北部」の意味もあります。

日本語と意味が変わってくるものに出口さん、入口さん、大家さん、馬上さん、道上さん等があります。中国語の“出口”には日本語の「出口」の意味の他に「輸出」という意味もあります。出口さんは「輸出」さんなのです。だからといって入口さんは「輸入」さんになる訳ではありません。輸入は“进口”です。“入口”は日本語の「入口」と同じ意味の他に、文字通り「口に入る」ことも言います。

“大家”は日本語の「大家」(たいか)の意味の他に「みんな」という意味もあります。口語でも良く使われる表現なので、ちょっと厄介な姓になりそうです。ちなみに中国語の“大家”には日本語の「おおや」の意味はありません。“马上”は「もうすぐ」の意味を表す副詞で、「もうすぐ」さんになってしまいます。道上さんの場合、“道”が極道の意味になり、“道上”で「極道の世界」になってしまいます。

日本語では一般語彙になりませんが、中国では一般語彙になるものもあります。丸子さん、金子さん、関口さん、知名さん、城市さん、空閑さん、新城さん、麻木さん、毛利さんなどがその例です。“丸子”は日本語の「団子」の意、「ダンゴ」さんとなります。金子さんは文字通り「金(きん)」さん、関口さんは「関所」さん、知名さんは「有名」さん、城市さんは「都市」さん、空閑さんは「暇」さんに。新城さんは「ニュータウン」さんに、麻木さんは「しびれる」さんとなります。「しびれる」なんて言うと日本人的にはどこかカッコイイ感じがしますが、残念ながら中国語の“麻木”にはあまりいい語感はありません。“毛利”は「粗利益」の意味です。ただ、毛利さんは戦国大名の毛利家や『名探偵コナン』の毛利さんのお陰で、中国でもそこそこ知名度があるのですが。

本宮さんは皇后や妃の自称になります。近年は宮廷の権力闘争を描いた歴史ドラマが人気で、よく耳にする表現です。我妻さんや吾妻さんなんかも面白いです。文字通り「私の妻」の意味です。ちなみに新妻さんもそのまま「新妻」となります。

青島さんは山東省の青島市が連想されます。青島市は日本でもそこそこ知名度があると思いますが、中国では有名都市です。地名関連では、長江さんは河川の長江と、香山さんは北京郊外の景勝地である香山、河北さんは河北省と、河南さんは河南省とかぶります。

三国さんや庄子さんはちょっと特殊な意味をもつ名字となります。中国で“三国”といえば歴史小説『三国演義』が連想されます。“庄子”と言えば老子と並び称される道家の代表者そのものです。

三好さんは中国語にすると何とも言いようがない味わいが醸し出されてきます。中国語で“三好”と言うと真っ先に連想されるのが“三好学生”。「思想・学習・健康ともに優れている学生」を指して言う言葉です。

我孫子さんは文字通り「私の孫」になります。2010年に中国の広州で開かれたアジア大会で我孫子智美さんが棒高跳びで銅メダルを獲得したのですが、表彰台で名前が読み上げられた際スタジアムがどよめいたというエピソードがあります。この競技では地元中国が金銀両メダルを独占したのですが、それをかき消すほどのショックを与えたとか。

向後さんは中国語として考えるとかなり「後ろ向き」な名前になっちゃいます。逆に向前さんは前向きな名前になりますが、残念ながらかなりマイナーな姓のようです。

猪股さんや猪口さんはちょっと不運です。日本語の「猪」はイノシシを指しますが、中国語ではブタを指します。そんな訳でお二方はそれぞれ「ブタの太もも」「ブタの口」の意味に。日本語でもそうですが、ブタは罵り言葉として使われる言葉ですから、ちょっと損な名字です。

中国語の罵り言葉で“猪”(ブタ)と双璧を成すのが「イヌ」ですが、日本語で一般に使われる「犬」はあまり使われず、“狗”の漢字が当てられるのが普通です。結果として姓の中に“犬”の漢字を持つ人は救われた形になっています。特に犬養さんなんかは“犬”を“狗”に置き換えると罵り言葉そのものになってしまいますから。

中国語ではセックスを連想させるものは罵り言葉に転用されることが多いので要注意なのですが、不運にも日比さんはネットスラングで(男性側の視点での)性交を意味する言葉になってしまいます。まだ一般には認知されていないのが唯一の救いです。そして上床さんは「床に入る」こと。場合によっては性行為を意味する言葉にもなってしまいますが、こちらは罵り言葉としては使われないのが救いです。

響きの良い姓も

不運な人がいれば幸運な人がいるのもまた然り。久保さんなんかはその典型かもしれません。まず、漢字そのものが良。「久」く「保」つですから。加えて発音も良し。久保さんを中国語読みすると“jiu3bao3”となりますが、これは“九宝”に通じます。宝は言うまでもありませんが、中国では“九”は縁起のいい数字で、“九宝”と言えば非常に縁起のよいイメージになります。

久保さんが縁起の良い名字となるのなら大久保さんはもっと縁起が良い名字でしょう。なんたって“大”がつくのですから。これに比べると小久保さんは小さくなってしまいます。久保さんに限らず中国語では全般的に“小”の字より“大”の字の方がイメージが良くなります。

縁起の良い姓と言えば喜多さんなんかもそうですね。「喜びが多い」ですから。喜多村さんなら「喜びが多い村」。GNHが高そうな村です。

「…月」という姓は文学的というか、美しい姓になります。如月さんは“月の如く”、望月さんは“月を望む”、秋月さんは“中秋の名月”を連想させる、詩の中に出てくるような美しい言葉です。ただし、上月さんの場合は「先月」の意味になってしまいます。なかなかうまくいかないものです。

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