中国語電子辞書風雲録 2003年~2006年:キヤノンワードタンクの台頭

2003年、中国語電子辞書の歴史が動いた。

主人公はキヤノンの電子辞書ブランド「ワードタンク」シリーズの中国語モデル「wordtank V70」である。現在では中国語電子辞書のスタンダードとなっている「中国語手書き入力検索」機能を初めて搭載した電子辞書であった。

外国語電子辞書は英語需要が中心である。アルファベットで記載される英語は、従来のアルファベット入力検索と相性が良く、手書き入力の必要性はなかった。

一方、中国語はその字体からアルファベットを借りて作られた発音記号であるピンインを読み取ることができないため、読みがわからない場合は、書籍型辞書と同様に部首や画数から検索するしかなかった。この問題を解決したのが手書き入力検索である。従来の書籍型辞書では不可能な手書き入力検索を実現したことで、電子辞書の書籍型辞書に対するアドバンテージを確固たるものとした。

翌2004年にリリースされた「wordtank V80」では、中国語電子辞書初となる英中中英辞書を収録。後にワードタンクが中国語電子辞書市場で覇を唱えることになるが、その源泉はこのような他社にない機能・コンテンツを意欲的に追加する戦略にあったのだ。

2006年は、キヤノンワードタンクと、電子辞書市場シェアトップのカシオエクスワードが正面衝突した一年となった。カシオは日本最大の中国語辞書である愛知大学編纂の『中日大辞典』を収録した上位機種「XD-GT7350」をリリース。同じく『中日大辞典』を収録したキヤノンワードタンク2006年版と覇を競うこととなる。

総合的な視点から見た両者の勝敗は微妙なものであった。まず、双方とも二本立てのラインアップであったが、キヤノンワードタンクは音声機能付の初心者向けモデル「wordtank V90」と、音声機能を省いた代わりに上級者エキスパート向けのコンテンツである『中日大辞典』を収録した「wordtank G90」という並列型で展開したのに対し、カシオは『中日大辞典』を収録した上位モデル「XD-GT7350」と、『中日大辞典』を省いた標準モデル「XD-ST7300」という、上下型の戦略を採用していた。

もっとも、総合的な機能・コンテンツではキヤノンワードタンクの方が明らかに上であった。中でも注目を集めたのが、中国語電子辞書初となる中中辞書(中国の国語辞書)である社会科学研究院語言研究所編纂の『現代漢語詞典』の収録であった。中国語手書き入力検索機能の追加に続く快挙として、中国語電子辞書史上にその名を残すこととなった。

これに加え、自分の発音を録音し、ネイティブ発音と比較できる「発音比較機能」がV90に搭載された。これも、中国語電子辞書が辞書の範疇を超えて、総合中国語学習機へと昇華する先鞭をつけた革新的な機能であった。

また、メインの大型中日日中辞書のバージョン問題が解消されたことも注目すべきであろう。これまで中国語電子辞書に収録されていた中日日中辞書は、20世紀80年後半から90年初頭に出版されたものであった。書籍としてはすでに新しいバージョンのものが出版されていたが、電子辞書にはなかなか収録されてこなかったのだ。それが90シリーズにおいて、2002年の第二版に更新されたのである。新コンテンツの追加ほど華々しくはないが、中国語電子辞書で最も重要となるコンテンツの更新だけに、その意義は大きい。この時点では、カシオエクスワードは依然として旧版を収録していた。カシオとしてはしてやられたという思いだっただろう。

しかし、キヤノンワードタンクには大きな問題もあった。V90とG90は上位機種と標準機種という立て分けではなく、初心者向けとエキスパート向けという分け方をしたため、『中日大辞典』と「発音音声機能」が二者択一となってしまったのだ。このため、現状では発音音声機能も必要だが、近い将来のことを考えると『中日大辞典』も欲しい、という初級から中級レベルにかけてのユーザー層にとっては難しい選択を突きつけることとなった。ここに、カシオエクスワードの上位機種XD-GT7350が付け入る隙が生まれた。XD-GT7350は、『中日大辞典』と「発音音声機能」の二つを搭載していたためである。しかしながら、中上級者向けのコンテンツである中中辞書を収録していなかったため、コンテンツ的にはキヤノンのG90に大きく見劣りすることになってしまった。さらに致命的なのが、中国語手書き入力機能を搭載していなかったことである。特に初心者にとって不可欠であるこの機能を搭載できなかったことは、発音を重視する初心者層に対しては致命的な欠点となるからだ。

また、価格的にも大きな格差が生じた。キヤノンはユーザ層を絞り、不必要となるコンテンツや機能を省略したため、カシオに比べ大幅な安価となった。G90のメーカー標準価格はXD-GT7350のそれに比べ、1万1千円も安くなっている。これは、発音音声機能を省いたところが大きかったのだろう。

ただ、キヤノンのV90とG90は大きな欠陥を抱えていた。「液晶が暗い」という問題である。バックライトがなかったため、画面が暗く、使用場所の光度次第では、画面がほとんど見えなくなるという、考えられない欠陥であった。カシオの生命線は、この敵失のため辛うじて保たれた、と言っても良いかもしれない。