英語学習者の中国語学習法 発音編

本項では、まず日本人学習者にとって最大の関門であるとされる発音について、英語知識の応用可能性について考えてみたいと思う。

発音というものはコツさえ掴んでしまえばそれまでの苦労がウソのように感じられるものなのだが、そのコツを掴むのが難しいので、難関と言われるのだろう。もっとも、難しいといっても、その実はいくつかの項目に限られてくる。この点については既に中国語発音講座にまとめているので、本項ではその中で取り上げた項目について、英語の知識がどれだけ応用できるのか検証してみたい。

なお、本項では中国語と英語の音声を比較するため、国際音声記号(IPA)を利用する。

そり舌音

そり舌音は日本人が苦手とする発音の代名詞的存在であるが、英語にはこのそり舌音が存在するので、英語学習者にとっては比較的容易な発音となる。「比較的」容易というのは、中国語のそり舌音と全くイコールの音ではないことからこのように表現している。音は違うが、舌の形は同形のものがあるので、中国語のそり舌音を身につけること自体は難しくない。

まずは「ch」と「zh」だが、IPAで表記すると「ch」は[tʂʰ]、「zh」は[ʈʂ]となる。ちなみに「ʰ」は有気音であることを意味する。IPAで見ると一目瞭然だが、「ch」と「zh」は有気音か無気音かの違いでしかない。

英語にはこの音は存在しない。このため、英語母語者はこの音を[t͡ʃ]で発音することが多いようだ。ただ、中国語発音講座の「そり舌音「ch,zh,sh,r」のコツ」でも取り上げたように、中国語のそり舌音の舌の形は、実際にはそり上がっていない。音声学の大家であるラディフォギッドも中国語のそり舌音は舌が平らな舌端後部歯茎音であるとしており、中国語の「ch」「zh」は[t͡ʃ](無声後部歯茎破擦音)にかなり近いのだ。

また、中国語の「sh」はそり舌の[ʂ]、英語の「sh」は後部歯茎の[ʃ]だが、中国語の[ʂ]も事実上[ʃ]に近いので、両者の音声は近接している。英語の[ʃ]で代用しても大きな問題はないだろう。

「r」は中国語では[ʐ]、英語では[ɻ]だが、舌の位置は同じである。両者の相違は摩擦音か否かという点でしかない。ちなみにだが、中国語でも接尾語の“儿”の音を表す「r」は英語の[r]と同様に[ɻ]の音になることを付け加えておく。

あいまい母音「e」

中国語の「e」はIPAでは[ɤ]の音になる。これに一番近い英語の母音は[ɔ]だが、音色が異なるので、[ɔ]で代用することはできない。両者とも発音の位置は同じなのだが、口の開き具合が異なるのだ。[ɤ]はやや狭めであるのに対し、[ɔ]はやや広めとなる。

ちなみにだが、日本語の「お」はIPAでは[o̞]となり、口の開き方は[ɤ]と[ɔ]の中間に位置する。日本語の「お」より少し狭いのが中国語の[ɤ]なのだ。

なお、中国語の「e」があいまい母音と呼ばれるのは、「e」が「en」「eng」「u(e)n」「ueng」のような複合母音を構成する一部となったり、儿化した場合、音が変化してはっきりとした特徴のない中性的な母音となるためである。この場合の「e」は[ə]である。[ə]は英語にも存在するので、これはすんなりと理解できるだろう。

この他、中国語の「e」は[e]になる場合と、[ɛ]になる場合がある。うち[ɛ]は英語の「e」と同じ音となる。

「u」と「ü(yu)」 鼻音「n」「ng」

母音「u」は英語の「u」と同じ音なので容易である。一方「ü(yu)」は英語には存在しない。英語の発音から類推して説明するならば、口を丸めて発声する「i」の音と理解すれば良い。

鼻音「n」は[n]、「ng」は[ŋ]で、そのまま英語と重なるのでわかりやすい。

無気音と有気音

中国語には無気音と有気音の区別が存在する。この区別は日本語にはないため、日本人にとっては厄介な存在となる。そして残念ながら、英語にもこの区別は存在しない。

しかしながら、それでも英語学習者は無気音と有気音の習得において有利な立場にある。英語は基本的に有気音の言語であるからだ。

日本語は基本的に無気音なので、有気音は意識して発音しなければならない。その点英語学習者は有気音慣れしているので、有気音の習得は至って簡単なのだ。

まとめ

このように比較してみると、英語の知識が如何に有用であるかよくわかる。そのまま利用できないのは、単母音の[e]と「ü(yu)」ぐらいなものだろう。特に大きいのはそり舌音が極めて容易であるところだ。

なお、ここでは取り上げなかったが、中国語の発音において重要な存在である声調は、残念ながら英語の知識は全く役に立たない。英語学習者にとって難しいものは声調ぐらいなものであろうか。

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