中国語通訳と翻訳 ... 花形職業の現実

中国語を志す方の中には、少なからず通訳や翻訳の仕事を目指す方がいます。これらの仕事は語学の花形で、中国語学習者の憧れの的となっています。

しかしながら、一見華やかに見える通訳・翻訳といった職業の現実は、世間一般に考えられているものとはかけ離れたものです。私が知らないだけで他の職業でも同じなのかもしれませんが、おそらく、世間一般の認識と現実が最も食い違っている職業の一つではないのでしょうか。

誤解

中国語の通訳・翻訳業界において、最大の問題はパイそのものが小さいことです。中国経済の躍進に比例して、確かに仕事自体は増えてきていますが、それ以上に通訳・翻訳を目指す人が多いのです。このため需給バランスが崩れ、ダンピング合戦になっているのが現状です。

また、中国語の場合通訳も翻訳もやるという人が大半を占めています。英語通訳・翻訳がそれぞれ専門化して独立し、さらにそれぞれ専門分野や得意分野に特化して仕事を請けているのとはまったくの対称を成しています。

しかも、中国語の場合専門を特化できるほどまとまった仕事量がないので、よほど専門性が高い分野でなければ、ほとんどあらゆる分野の仕事を引き受けています。

これらは別に好きでやっている訳ではありません。こうでもしないと食べていけないのです。

これは一般の人には想像できないほどの激務です。外国語ができない人は、よく

「話せるなら通訳なんて簡単だ。」
「翻訳なんてただ訳すだけでしょ。簡単よ。」

と思っている節がありますが、「話す」ことと「通訳」すること、「作文する」ことと「翻訳」することは全くの別物です。

厳しい現実

通訳に必要になるのは語学力だけではありません。というよりも、語学力は最低限の大前提でしかありません。これに加え、その言語が使用されている国の文化背景やマナー、ユーモアのセンス、古典に関する知識等、その言語そのものに精通している必要があります。

また、通訳には高度な集中力、豊富な知識、臨機応変に対応する能力、優れた母国語の能力、間断なく新しい知識を学ぶ努力、高度な専門性、高度な記憶力等、多くの面で非常に高度な能力が要求されます。

ヨーロッパ等では、通訳をする人の多くはそれぞれの専門分野で修士号や博士号を取得しているといいます。それぐらい高度な専門性を要求されるのです。

もちろん、それに見合うだけの収入と、尊敬を集める職業となっています。

ところが、日本では通訳は非常に軽く見られています。翻訳はまだ「翻訳家」などと呼んでもらえますが、通訳はどこまでいっても「通訳さん」で終わってしまいます。

当然、現場では通訳の仕事の重要度と難度に対する認知が低く、事前に十分な資料を提供しない、通訳の常識を超える長時間通訳を要求する、休憩時間まで通訳をさせる、等無理難題を要求されることもあるようです。おまけに高い給料を払っているのだから、と、こき使われる傾向があるようです。

しかも、厳しい経済状態の煽りを受けてダンピングされてしまいます。たとえ一流であっても、プロスポーツのように明確に数字で仕事の出来を表すことができないので、なかなか差別化できません。

言葉のわからないクライアント側では直接自分の耳で評価することができません。外国語ができない人にとっては、外国語ができる人に対する評価基準は外国語が「できる」と「できない」の二者でしかないのです。

ここから、通訳はどれでも同じだ、という発想に行き着いてしまいます。通訳者側から言えば、たとえどれだけ高い能力を持っていても、それに見合う評価を受けることができません。結果として、一流であっても、報酬を削ってでも二流や三流の通訳者とわずかな仕事を奪い合わなければならないのです。

たとえ一流といわれる人でもこうなのですから、駆け出しの人の厳しさは言わずと知れたものがあります。

この中で生き抜いていく自信がありますか?

ちなみにですが、私が通訳者を目指さない理由の一つがここにあります。明らかに割が合いません。

なお、これらフリーランス通訳とは別に、企業内通訳や公的機関等の専属通訳という選択肢もあります。 この場合収入は安定しますし、対応分野もある程度絞られてきますので、プレッシャーは随分と小さくなりますが、そのかわり自由は利かなくなります。

組織の一員なので、必ずしも通訳や翻訳の仕事ばかりするとはかぎりません。場合によっては、1ヶ月間一度も中国語の仕事をしなかった、ということもありえるでしょう。

通訳者の地位が低い理由

日本で通訳者が軽視される原因は何なのでしょうか?

いろいろな要因があるのでしょうが、その一つとして外国語ができる人が少ないことが考えられます。どんな言葉でもいいのですが、外国語に精通するようになると、通訳や翻訳が如何に大変なことなのか理解できるようになります。

外国語が全くできない人には、外国語が多少できる人と非常によくできる人の差が判別できません。同じく通訳にも質があることもよく理解できません。通訳の業務が如何に大変なことなのかもわかりませんので、通訳者に対する配慮も欠けることになります。

一方、ヨーロッパの場合は複数の言語を使える人の割合が高いので、通訳が如何に大変な職業なのかよく実感できるのでしょう。また、社会から尊敬を受けることで、通訳者自身も自分の仕事に対して高いプライドを持つことができるようになります。

日本のように通訳者を軽視する環境の中にある日本の通訳者にとって、自分の仕事に対して誇りを持ち続けるのは大変なことだと思います。このような状況に無力感を感じ、低い報酬に見合うだけの仕事しかしなくなってしまう通訳者もいるといいますが、無理もないことなのかもしれません。

外部発注した中国語翻訳の出来が悪かったことを嘆いていた知人にこれらの話をしたことがありますが、納得したような、納得していないような顔をしていました。

いずれにせよ、中国語で通訳や翻訳を志している方は、それなりの覚悟をもって学習に望んでください。

参考資料

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